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| 富士重工業は、個性を尊重する自由闊達な気風と、新しい発想にあえて挑戦する技術者の精神を確実に受け継いできました。現在でも、その風土は社内のいたるところに現れ、独創性生まれる土壌が育まれています。 |
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「TAKENAKA's ROOM」って、なんだかわかりますか。TAKENAKAというのは社長の竹中恭二のことで、「TAKENAKA's ROOM」というのは実は社内向け社長ウェブサイトなのです。トップの考えを自らの言葉で語ったり、社員との率直な意見交換を行ったりする場となっています。
そのコーナーのひとつに「アグレッシブトーク」というページがあります。日常の業務を離れ、将来の夢や日頃心の中で暖めていたアイデアを、トップと大いに語り合えるようになっています。実際、様々な工場に分かれ、仕事を行っていると、トップと直に会って話をする機会って、そう取れるものではないですよね。でも、「アグレッシブトーク」なら、そんな場所や時間の拘束もなく、いつでもトップと意見を交わすことができます。上下の隔たりをなくし、自由闊達に意見を言い合える。そして、若い人たちのそんな意見が、トップにまで反映し、マネージメントにも活かされていく。まさにそれが、富士重工の活力を生む源泉にもなっていくのです。 |
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個性ある車作りで知られる富士重工。そこには、自分たちが納得できる存在感ある車に徹底的にこだわっていく「プレミアムブランドを持つグローバルプレイヤー」としての自負が常にあります。
そんな富士重工の技術スピリッツを表す象徴的な取り組みが、「アイデアコンテスト」です。「アイデア性に富んで、夢があり、楽しい乗り物」「乗り物に関する要素・部品」の2つのテーマで募集し、書類選考をパスした個人・チームが、実物を製作(援助金として50万円が与えられる)し、そのアイデアの独創性や具現性などを競うコンテストです。
富士重工の技術者は、誰もがいつも自分の中に熱い思いや夢を抱えています。そんな日頃の夢が形になる瞬間です。夢を夢で終わらせない。ひとりのアイデアをその人だけのアイデアに終わらせることなく、みんなで具現化し、花開かせていく。それはコンテストを超えた富士重工の技術オリエンテッドでもあるのです。 |
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従業員全員の心のベクトルを一つにしながら、目的に邁進する。これが富士重工の企業風土。これは、日常の業務においては勿論のこと、それ以外のこんなエピソードでも感じることが出来ます。
2004年8月27日から東京ドームで行われた「第75回都市対抗野球大会」は、社員一丸の大声援と選手の粘り強い戦い振りによって、東京ドームに六連星(スバルの星のマーク)を輝かせる大会となりました。
1回戦は雨模様にもかかわらず、バス100台以上、総勢1万人を超える大応援団が集結。選手も大声援にこたえる投打の活躍で快勝すると同時に、応援団コンクールでは敢闘賞を受賞するなど、まさしく一丸になって、勝ち得た勝利でした。惜しくも2回戦で敗れたものの、来年に期待できる試合内容であり、選手も応援団も「来年こそは優勝するぞ」と決意を新たにした大会でした。
また、2004年1月1日に群馬県にて開催された、「ニューイヤー駅伝大会(第48回全国実業団駅伝大会)」において、当社陸上競技部は総合15位でゴールし、悲願のシード権獲得を果たしました。主力メンバーの欠場など、非常に厳しい条件の下でレースがスタート。1区の走者が2区へ10位でタスキを繋ぎ、2区、3区と流れに乗れないまま一時は20位以下まで順位を下げ、苦しい立ち上がりとなりました。しかし、元旦にも関わらず沿道に駆けつけてくれた社員の声援に励まされた4区の選手が、区間11位の力走でじわじわと順位を上げ、5区、6区がふんばり総合16位まで順位を上げました。“シード権まであとひとつ!"ここまで粘り強く繋いできたタスキを受け、悲願達成に向け期待を一身に受けた7区で、混戦となった15位争いを見事制し、総合15位でゴールしました。
このように、出場した選手だけではなく、社員全員が目標に向かって邁進する風土こそが、富士重工業らしさなのです。 |
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