SUBARUが考えるDX戦略

環境変化に対応しつつ地に足を付けたSUBARUらしいDX戦略

自動車業界は、100年に一度の変化が起きており、クルマづくりは複雑さを増しています。一方で、自動車メーカーはこれまで、商品を企画・開発・製造してクルマを販売店に卸すところまでが役割でしたが、データ・デジタルの活用によりお客様とのタッチポイントを持つことが可能になってきました。

一般的に消費者のニーズはモノからコトへ移ってきているといわれていますが、私たちSUBARUは、確かなクルマづくりに裏打ちされた機能価値「モノ」を提供し、そのうえでクルマを使った「コト」を通して「お客様との結び付きを強くしていくこと」が大事だと捉えています。データ・デジタルを活用した「モノづくり」の強化と「コトづくり」を並行して行うことが、SUBARUのDX戦略と考えています。

SUBARUとお客様の結び付きを強くしていくことを「共通ゴール」に

自動車業界のなかで大規模ではないSUBARUが、現在の大きな変化に対応していくためには、データ・デジタル活用においても選択と集中が必要です。大きな変化のなかで過去クルマづくりに有効であった開発・調達・製造・販売・アフターサービスなどの機能単位の縦割り組織は制度疲労に直面しています。それに対してデータを核として、データを全員が共通に使えるようにすることで全社横断的に業務の在り方を変えていき、今後の組織風土の変革にもつなげていきます。

一方で、SUBARUには、クルマがある生活を通して人生をより豊かにすることを願っているお客様が世界中に多くいらっしゃいます。そのお客様のために、前述の「モノづくり」の強化によりSUBARUの提供価値である「安心と愉しさ」を高めていくことに加えて、データやデジタル技術を使ったお客様の体験「コトづくり」を新たなチャレンジ領域として取り組んでいきます。その共通のゴールは、私たちの提供価値に共感していただけるお客様を増やすこと、そのお客様との関係を深めていくことであり、つまりお客様を笑顔にすることがすべての取り組みの「ゴール」です。

データ・デジタルを活用したモノづくりの強化

クルマの開発や生産においては、大きく3つの課題があると捉えています。

1つ目は「プロセス課題」。今までは部品を設計し、試作品をつくり、それをクルマ1台として試作車に組み上げて評価するというサイクルを繰り返してきました。しかしそれだけでは、高度化・複雑化する現在の開発にミートすることが難しくなっており、開発の一部をデータ・デジタルの活用によりモデルベース開発に変え、リアル開発を組み合わせたデジタルツインによって効率化することを目指しています。

2つ目は「オペレーション課題」。ハイブリッド車やBEV1など車種とパワーユニットのバリエーションが増えたことによりモノづくりに関わるあらゆる部署で管理項目が増加し、本来は改善を目的とした管理自体が目的化されてしまうことに陥りがちです。本来やるべき改善活動の再加速を促すためには、大量の管理項目を処理できるようなデータを使えるツールとスキルを現場に展開することが大切です。

例えば製造現場の一部では、BI2ツールを活用した取り組みを行っています。これまで製造工程では、現場での履歴を紙へ記録し、さらに手作業でPCに入力していましたが、これをタブレット入力に変更しています。車体番号と工程での画像や履歴をその場で入力し、そのデータを一元管理しています。管理者の傾向調査や対応のスピードが向上し、また、クルマ1台と紐づいた情報は、製造現場を起点に生産技術・品質管理・開発などの部門とタイムリーな共有が可能になりました。

  • *1: BEV:Battery Electric Vehiclebr
  • *2: BI(Business Intelligence):企業が持つ様々なデータを分析・見える化し、経営や業務に役立てるソフトウェア

3つ目は「組織課題」。開発・調達・製造・販売・アフターサービスなどの縦割りの機能別組織が、横断的なプロジェクトで開発することがクルマづくりの一般的な体制です。この機能別組織は自工程完結という点では非常に有効ですが、現在起きている外部とのコンカレント活動やコネクティッドサービスなどの新しいビジネスモデルとはアンマッチになってきています。部門・業務ごとにシステムがサイロ化されて存在しており、部門を横断したデータの連携も難しい状況になっています。

今の状態で従来型の「統合システム」を構築すると、多大なリソースを要したうえに新しいビジネスモデルが登場したときに、また同じ課題に直面すると想定しています。そこで、システムで統合するのではなく、データで統合する全社的な「データ統合基盤」を構築し、部門横断的にデータをつなぐことによってモノづくりを進化させていきます。

その1つの取り組みが「グローバルPLM(製品ライフサイクル管理)活動」です。これはクルマ1台の開発、生産からアフターメンテナンスまでの情報を管理するもので、それによってクルマの健康状態が分かるようになり、もし万が一、同系車の生産段階で何か問題があった場合は、すでにご購入いただいたお客様へ即座に連絡ができるようになっています。まさにクルマ1台の車両の生涯データを持つことで、様々な利便性の向上から新たなお客様の体験価値につなげていくことに取り組んでいます。

DX人財の育成

SUBARUは現在積極的にDX人材の中途採用を行っていますが、モノづくりの会社としての基本は内部での人財育成が重要だと捉えております。例えば、電動化などに対応するためにエンジニア向けの「ソフトウェア人財育成プロジェクト」を発足させました(本紙P.42をご覧ください)。また、IT専門部署が各部門と連携した現場教育にも注力しており、製造現場ではデータ・デジタルを活用する意識とスキルの向上を狙った仕組みづくりとして、IPA3が定める6種のDX人財のうちの1種「データサイエンティスト」の育成プログラムをSUBARU流にアレンジし、製造現場で業務改善のツールとしてデータ活用ができるエキスパートの育成を行っています。一人ひとりのスキルアップが風土として根付くよう、1期生が2期生を指導し、2期生が3期生を指導することを繰り返す、連鎖型の草の根活動を行っています。

*3:IPA(Information technology Promotion Agency, Japan):独立行政法人情報処理推進機構

私はクルマのボディ部品を成形する「金型」の製作を、IT技術の側面からサポートする役目を担っています。私が取り扱う金型は、鉄やアルミなどの板材をプレス機を使ってクルマの外観上重要なボンネットやドアなどのパネル部品に成形するためのもので、金型の製作に使用する工作機械を100分の1ミリ単位で適切に動かすためのシステム開発などを行っています。金型の製作現場やパネルの製造現場とやりとりするデータは従来から多くありましたが、そのデータをもっとうまく活用すれば、業務の効率化を行いつつ、より高品質な金型を提供できると考えていました。そしてそれは量産パネルの品質を向上させ、お客様の笑顔にもつながると思い、「データサイエンティスト」の育成プログラムに参加しました。

この育成プログラムには様々な部署からメンバーが集まり、一般的な座学や実習に加えて、自部署におけるデータ活用の問題点をほかのメンバーに共有し、ディスカッションをする時間も多く設けられました。通常の業務で関わることのなかった部署のメンバーからもらう意見は新鮮で、新たな気付きもあり、自部署の改善案を策定するヒントをいくつも得られました。そして、育成プログラムを通じて学んだことをもとに、データを活用したプレスラインの品質向上策を企画し、提案するという行動につなげることができました。

車体生産技術部
市川 達也

プログラム修了後は次期生を育成する講師役も務めました。そのなかで、SUBARUの現状をリアルに感じている従業員が、社内の仲間に向けて指導することは効果的であると強く感じました。課題意識は持っていても実際の行動につなげられていない従業員の背中を私が押し、その輪を広げて会社全体をもっと良くしていきたいと思っています。

コトづくりの強化による新たな価値の創出

現在、お客様が自分のスマートフォンで外部とつながり、そしてクルマ自体も外部とつながる時代になりました。私たちは“つながる”ことを通して、SUBARUの機能価値である確かな安全に裏打ちされた運転の愉しさ、そこから生まれる新たな体験を感じていただきたいと考えています。それによってお客様に「SUBARUってイイね」と感じていただき、「また次もSUBARUに乗ろう」と思っていただけるようなサイクルをつくっていくこと--それが私たちのデータ・デジタルを活用した「お客様との結び付きを強くしていくコトづくり」という新たな価値創出への挑戦です。

米国でスタートしたコネクティッドサービスでは、お客様のスマートフォンを使ったリモートエンジンスタートやエアコン操作、ショッピングモールなどの大きなパーキングでどこに駐車したのかが分かるロケーターなどの車両連携サービスが好評を得ています。このほかに、入庫予約や車両情報の関連機能も多くのお客様に利用いただいています。2020年に発売した「レヴォーグ」から国内でもコネクティッドサービスを開始し、今後も機能の拡充や市場の拡大も検討しています。

  • また、販売部門とデジタルマーケティングなどの領域でのデジタル技術やデータ活用のために「SUBARU DigitalInnovation Lab」を立ち上げました。このラボでの調査・分析により、SUBARUのお客様は、クルマを単なる移動手段ではなく、移動以上の「何か」を求めて、効率という言葉で言い表すことができないエモーショナルなものを望んでいるという特徴があることが分かってきました。実際に「ドライブではあえて遠回りして目的地に行きます」「必ずしもカーナビの指示に従ったルートは通りません」という声も聞くことがあります。これは、SUBARU車の持つ機能をお客様が体験することが感性に訴え、お客様の感動や共感につながったものだと捉えています。より多くのお客様にこのような体験をしていただきたいと考えてつくったドライブアプリが「SUBAROAD(スバロード)」です。コンセプトは「一番の効率的な道ではなく、目的に対し“SUBARUで走って愉しい道”を提案する」ことで、すでに多くのお客様に利用いただいています。

    このようにデータ・デジタルを活用して「SUBARUのクルマづくり=モノづくり」を強くしていく一方で、様々なお客様接点を通して「SUBARUを使った愉しい体験をしていただく=コトづくり」を同じゴールとして目指して進めていくことが私たちの取り組みです。そしてそれは「SUBARUブランドとお客様との結び付きを強くしていく」ことです。

    今後のSUBARUらしいDXの取り組みにご期待ください。